辻 石斎
北大路魯山人が中国大陸で発見した馬上杯を元にして二代目辻 石斎のもとで制作された代表作のひとつでもある高台の椀「唐人椀」。原型となった馬上杯は銀で描かれていたとされる唐人画を、山中色漆で繊細に描き表現した作品。 山中塗だけでしか見られない、磨きなしの純粋なムラの全くない漆の光沢。 黒の中に映り込む景色の歪みの無さからもその刷毛塗りの精巧さと技術の高さが伺える。かぶせ式の蓋は唐人が下を向いているが、逆さまなわけではなく、古くは蓋も返して傍に置き、時には皿、時には酒器として活用されたことによる。調理場から食膳までへの仕込みや、蓋をあけるときの高揚感まで、日本の古来からの無駄のない機能的な食器のあり方が滲みでている。 木地は狂いの無い仕上げの為に椀部と台部を別々に削り、組み合わせられる。 光沢のある漆は、ごく少量しか採れない上質な漆に、職人が植物性の油を漆が固まらなくなるギリギリの量を見極めた上で調合されて完成する。漆で仕上げた後、山中塗の特徴でもある色鮮やかな4色の色漆で1日1色、4日間をかけて絵付けが行われ初めて絵柄が完成する。唐人の表情もまた、熟練の技により息を吹き込まれる。 高台はおそらくもっと高く設定されていたと思われるが、器としての利便性や職人の仕上げの工程を鑑み、合理的かつ絶妙なバランスで抑えられている。 日月椀を静の器とすれば、唐人椀は動の器と言えるデザインであり、魯山人が様々な国の物を収集しながら得たインスピレーションを和に落とし込んだ好例である。
色漆は気温や湿度により発色が異なるため、熟練の経験則がなければ色を合わせることは困難とされる。 その色の狂いを最小限に抑える為、複数制作する際は、1日1色ずつ全ての椀に同色のみを着彩しながら仕上げていく。繊細で神経の張りつめる職人技を駆使し完成させる様はまさに伝統工芸。
1木でも完成可能な胴と脚部だが、あえて手間のかかる2木を別仕上げにして組み合わせている。 これにより漆器特有の個体差と歪みを抑え、より精密で狂いの少ない妥協のない仕上げを実現している。